2002年 31歳のとき沖縄に移住し、起業。
文字通り、「朝から晩まで」一生懸命働いた。お客さんも増え、売上も増え、社員も増えたのに、楽になるどころか、どんどん忙しく、心は苦しくなっていく。
何より問題なのは、どんなに頑張っても、身を粉にして働いても、思うように「お金が残らない」こと。
絵に描いたような自転車操業。
頑張れば頑張るほど、自分の時間もお金も減っていく矛盾。
このラットレースから抜け出したいけど、何をどのようにしたらいいのか分からない。
気合いと根性で「もっと頑張ります!」としか言えない。
俺は、どこまで頑張ったらいいんだ?
まさか、5年後、10年後もコレをやり続けるのか???
「イヤだ! そんなの絶対イヤだ!いったい何のために起業したんだ!」
そんなジレンマを抱えていた頃・・
ある、沖縄のオバーから「強烈なドロップキック」な一言をもらう。
「お茶より大切なモノはないよ。」
と・・・
この一言がなかったら、今の僕は存在しない。
そこから少しずつ「お茶」という言葉にこめられたオバーの「真意」を知っていく。
そんなさなか、時を同じくして、2人の師匠と出会う。
そこから10年。
試行錯誤をくりかえし、ようやく「ゆるめるとガッチリ儲かる」「ゆるガチ」経営を実現する。
いまや、行きたい時にいつでも大好きな海へ行き、家族との時間もこころおきなく楽しめるように。
週2日の労働で月100万以上の「ゆるガチ」なライフスタイルを満喫している。
大切にしたいときに、大切にしたいことを、ちゃんと大切にできる生活を確立したことで、「この経営のやり方をもっと広めたい!」と強く感じる。
2017年より、この「ゆるめるとガッチリ儲かる」「ゆるガチ」経営スタイルを伝えるコンサルタントとして本格的に活動を開始。
定期的に開催される「ゆるガチ経営になれる勉強会」も好評を得ている。
会うとほっこり、ビジネスはガッチリ!
沖縄からゆる〜くて、あったか〜い風をお届けします!!
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大高邦男(おおたか くにお)
「ゆるガチ経営」コンサルタント
Kuny(くーにー)の愛称で呼ばれる。
1971年生まれ。東京都杉並区(隠れウチナーンチュ(!?)が多く出没する中央線沿線)出身。肉 屋の長男(父)と豆腐屋の長女(母)が結婚し、セブンイレブンの息子(自分)が生まれる。
中学時代からサッカーにのめり込み猛練習の日々。高校時代は準決勝で帝京高校に破れJリーガーの道を断念。学問そっちのけで毎日ボールを追っかけていたため、「今度は勉強の番」と腹をくくり、1990年に単身渡米。情報科学(Information Sicence)を主専攻し、英語と専門用語の2重苦に苦しみつつも、持ち前の頑張りと楽天さで1995年ペンシルバニア州ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)卒業。
帰国後、日本IBM(株)にシステムズエンジニア(SE)として就職し、大手自動車メーカーの情報系システムやディーラーシステムを担当。専門用語を使わずにお客様にシステムの仕組みを分かりやすく説明するという才能は、この頃に培われた。
時代はITバブルに突入。IBMを退社して、新ビジネス立ち上げに奮闘中に知り合ったメンバーらと新会社(株)ロペ設立。ソフトバンクインベストメント等から出資を得て、ユーミンこと松任谷由美さんが毎年行っている苗場スキー場でのコンサート(サーフ&スノー)のネットパーティ企画・構築・運営やライブ配信等を行う。
意気揚々と活動していたある日、ふと振り向くと「最先端なことをやるのは、やりがいもあるし楽しいけど、ユーザーがついて来ていない」ことに気が付く。「お客様と同じ目線で、日常の不安や悩みを解決できるような、あたたかい仕事をしよう」と決心する。
大学時代夏休みを過ごし沖縄病にかかってからずっと心の底にしまっておいた「いつかは沖縄に」の夢を実現すべく新天地は迷わず沖縄。2002年11月に(有)コンピュータケアを設立。コネクションもネットワークもない。土地勘もない。お金もない。「ないないづくし」の環境であったが、チラシ配りなど地道な営業を重ね、少しずつ信頼を勝ち取る。自分が持っている技術を沖縄に落とし、若いウチナーンチュを育てながら、念願の「沖縄に一軒家を建てる」を叶える!