海、入っちゃえばよかったのに

10年以上経った今でも忘れられない、
ささやかにデカイ出来事があります。

沖縄に来てまだ間もないころ、
ふと立ち寄ったビーチがあんまり美しくて、砂浜にたたずみ見とれていました。

海に入りたいなー、入ったら気持ちいいだろうな、と
思いかけて、

“でも水着も着替えも持ってないしな・・・” と
海に入らず、後ろ髪を引かれるような気持ちで
自宅に帰りました。

その話を沖縄の友人にしたところ、
「なんで海に入らなかったの?」と
あっけらかんとした笑顔。

“水着じゃないと海に入れない”
“着替えがないから海に入れない”

誰かに言われたわけじゃない。
いるとすれば、

「世間がのたまう、こうあるべき価値観」

を肺いっぱい吸って生きてきた自分自身からの硬い声でした。

「なんで海に入らなかったの?」

と言った本人がおそらく忘れているであろうこの言葉は、今でも
「世間一般の常識」を惰性で頼みにしようとするときの僕の耳元で
ふっと、聞こえてきます。

「普通はこうでしょ?」
「常識で考えたらさ〜」

誰かがそうやって構えるときの
「普通」ってなんだ?
「常識」ってなんだ?

どれくらいのサイズで切り取った世界で測れるモノサシだ?

自分が大事に握りしめていたモノサシが急にチンケなものに感じ
それでなんでも測ろうとしていた自分が
バカバカしく思えて笑ってしまいました。
笑ったらちょっと肩の力が抜けました。

自分で自分を器用に縛りつけていた足かせが、波打ち際の砂みたいにほどけて足元をすべり抜けていくのをくすぐったく感じる、沖縄の日々です。
沖縄が俺を詩人にさせるのよ。

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